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2006年10月30日
2005.4.25傷は深し

「JR福知山線列車事故を考える」
~この事故の捉え方と”こころ”と”身体”
の後遺症について~というシンポジウムがまちづくり協働センターで開かれました。会場は、事故の被害者、
その家族でいっぱいでした。報道も新聞を含めると大方来ていたんじゃないでしょうか。まず亡くなった方への黙祷からです。
そして支援者の佐藤弁護士の講演:死亡者107名、負傷者555名という事故は最近15年の内で一番重大な事故であったこと、
ここ5年で見ると死者は踏切事故と人身障害事故(自殺など)がほとんどであり、極めてこのような列車事故は珍しい、
しかも列車事故は戦後の15年くらいでなくなっていた、つまり鉄道は安全であるといわれていた中の大惨事であったのでした。
交通事故の中で道路事故の2000分の1とも言われていたのです。
今その原因を事故調査委員会が調査中で来年の2月にも報告書を公表予定しています。”いま、
被害者や沿線利用者が声をもっと上げるべきでしょう”と弁護士は言っています。JRの現状は、その補償においては
「一般的な補償基準」に従うといっているそうです、つまり自動車交通事故の賠償基準に従うということです。なんと、
中味が全く違うじゃないか!交渉も担当者によって対応が違うし、
時間の経過の中で新たな症状も出てきている人もいるそうです、交渉は急ぐべきではないというのが弁護士のアドバイスです。
このシンポで一番心に響いたのが、被害者のメッセージという今の気持ちです。1人は小椋聡さんです。 2両目の後のドアからいつも乗っていたそうです、その時分には8人くらいの顔見知りが出来ていました。衝突したときは状況が目の前に見えて、 今でもそれを覚えていると言われていました。事故後誰かの犠牲の上にいまの生活があるのではないかと思い悩んだそうです。 そして事故当時に同じ車両に乗っていた人はどうなっただろうと連絡を取り始めたそうです、 去年の8月にそれらの人を自宅に招いて近況を交換した時は、心の傷で働けない人、 我慢しながらも仕事に通勤している人などがいることがわかってよかったと言われてました。そんな中で” 公共交通機関のJRの安全は国民全体の財産”といいます、いいことばですね、小椋さんの言葉です。最後に彼はいま 「事故原因がわからないままJRに乗らざるを得ない、仕事に行くにはそうせざるを得ない」現状です、何よりも「原因を究明するために4. 25ネットワークに参加してがんばる」と言います。またもう一人の加藤さんは子供さんがいる女性です、当日は生瀬から乗って、 宝塚で乗り換えて事故にあいました。運転が再開されて電車に乗りました、しかし普通にしか乗れなかったそうです、事故現場に差し掛かると” なぜなの?”命を保てた事へのやりきれなさが浮かんできたそうです。心の中では”だいじょうぶ”を何回も繰り返し、 繰り返し電車に乗っていました。事故を共有している人々との出会いで癒されました、不安を吐き出す初めての場所、 事故は暮らしの歯車をすっかり変えました、消化できない忌まわしい記憶、見えない傷が深くならないうちにとがんばって通勤しています。 そして二度とこれ以上悲しい出来事が起こらないようにと願う毎日です。
被害者で、命が助かった人々はなかなか人前に出られない、他の人にはわかってもらえない、 電車に乗るのに怖いと感じ、それでも乗らなくていけない現実をどうすることも出来ないでいる、涙なしでは聞けない2人のメッセージでした。 心の傷は深く、まだまだ続きます。
最後に質問がたくさんでました、JRとの交渉のことーどうすればいいのか、 早く片付けたいけどそれでいいんでしょうか。傷の痛み、新たな症状への対応、被害者の家族の悩みも大きい、 子どもが急に落ち込むときにどうしたらいいのか。いま弁護士、臨床心理士、医師、県のこころのケアセンターなど被害者とその家族を励まし、 相談に乗れる態勢の広がりが出てきています。私たちも出来ることをしようじゃないですか、また12月にも集会を持つそうです。 そこへの参加だったら出来のではないでしょうか。
投稿者 :shirotani | 2006年10月30日 00:00
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